康政

榊原康政

彼の強みは、自主的に決めて行動する計画性と行動力。
あまりこまかいことまで指示されずに「後は任せた」と言われると本領を発揮するタイプ。

そして何より素早い行動力、とっさの時の機転の働かせ方はさすが新参譜代榊原家を10万石まで押し上げた実力の持ち主である。
忠勝の、危急の時に身体を張って防ぐという強み(この方がハッタリは効いてて目立つんだけど)とは対照的な能力なのである。
人格的にも高潔な人として知られ、豊臣系大名からも人気があったという。

今年、東京で数年ぶりに公開された彼の甲冑を見る機会があったが、まるで美術品のような細部までの装飾と、各パーツはばらばらなのに全体を覆う独特の美意識は、なにか戦国武将ではないような、 現代人のような心の余裕、洒落心を感じた。
病の兄に代わって榊原家を継ぐ身となったが、もし平和な時代に生きていたらどんな人生を歩んだんだろうか。

その一方で、激情家というか、なにかいったん自分の世界に身をゆだねると頭の中で盛り上がってしまう人物でもあるようだ。
小牧長久手の戦いで激文はそのいい方の例だと思うが、 真田昌幸・幸村の助命嘆願運動でもなぜか源義朝を比較対象として信之の行動を称賛していたり、ちょっと「ロマンチスト」な所があるように思う。


そして彼の最大の「ドリーム」がきっと家康公だったのではないか。
「家康公のために良かれと思って」彼が自主的にどんどん行動した結果が家康公の目標と一致していた時、彼の存在理由があった。
それが一致しなくなってきたときに、武将としてのモチベーションが下がり始めた

彼の頭の中にあった「世界」は美しすぎたのではないか。

晩年は家康公を恨んでいたという。
気の毒だが、彼の性格上なるべくしてなったとしか言いようがない。

現代人が康政の一生を見ると、ある種の親近感というか、その人柄への尽きせぬ興味がわく、そんな不思議な人物だと思う。


※↑のイラストは岡崎市「三河武士のやかた家康館」の公式グッズ「徳川四天王一筆箋」のデザインとして採用されたものです。

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