もり
渡邉守綱

この人は本当に強いです。

一向一揆で家康に反旗を翻した軍勢の、しかも代表的人物の一人であった守綱。
草創期の家康軍はそういう人物であっても実力があれば命を助けざるを得なかったわけですが…。
その後の守綱の働きをみると家康は本当にいい「買い物」をしたと思います。

しかし彼は家康に隷属したわけではありませんでした。
一揆で降伏はしたものの、とうとう死ぬまで一向宗を改宗しようとはしませんでした。
一揆の後20年ほど三河では一向宗が禁教だったことを思えば、それがどんなに大変なことだったか。
(石川氏も一向宗を貫きましたが、その地位も勢力も渡邉氏とは比べ物になりません)
なかなか出世もさせてもらえず、時に深傷を負いながら、それでも無数の手柄を立てていった守綱。
それは命を助けてくれた家康への恩返しであると同時に、宗教的孤立の中で「徳川家中における渡邉家の場所」を確保するためだったのかもしれません。


マイナー武将ではありますが、家康公の伝記にはなくてはならない人物。

ただ、岡崎市の誇る武将隊「グレート家康公「葵」武将隊」でこの武将の名前を知ったという方も大勢いらっしゃるのではないでしょうか(^^)。



渡邉守綱については以下のページもどうぞ。
「渡邉守綱紀行」
「マンガで読む三河武士列伝3(渡邉守綱伝)」
ブログ「一日一みかぶし」(「守綱記」に描かれた渡辺・蜂屋・矢田作十郎)


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