とりい

鳥居元忠

家康の本当に近いところにいた臣下というとやはり鳥居元忠の名前を出さずに はいられない。

元忠は人質時代から家康に近侍、主従というより友人のよう にして育ったといわれる。常に家康のために行動し、秀吉か ら官職を授けると言われても断った。
ゆえに彼は当時たった一人の「官職のない大名」であった。

関ヶ原直前、伏見城で壮絶な戦死を遂げる元忠。捨て城とな るこの城を守備する役に家康はもっとも親しい仲である元忠 を選んだ。
二人が最後に酒を交わす席でふと涙を見せる家康。
「殿はお歳のせいか涙もろくなられたようじゃ。大将たる者 この大事の前に家臣の500や1000の命を捨てることに躊躇なさ ってどうする!」
と元忠は家康を叱咤激励したといわれる。

元忠は決して武勇の士でもないし知略や政治に長けていたわけ ではなかった。
田舎者で、扱いにくく、頑ななまでに主君に仕えることだけを使命と感じている古いタイプの武士であった。
私だってこの人が近くにいたらその頑固さに辟易すると思う。

しかしこの人が生涯行ったことの凄まじさと一途さはどんな理屈も受け付けない。
好き嫌いを超えて感動を覚えずにいられない、そういう生き方をした(しかできなかった)人である。



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