ただかつ

本多忠勝

言うまでもなく常に家康公のそばにおり、その危機を何度も救った人物。
三河武士に忠臣は数あれど、家康公とこの人の間柄はその他の家臣たちとはちょっと違う、独特の主従関係があるような気がする。

57戦して一度も傷を負わなかったという。
実は同僚の大久保忠佐も一度も傷を負っていなかったりするのだが、 忠勝の場合は「敵と味方の間に入って分断して味方を救う」という、常人では考えられない命知らずなことを 何度もしていたのに傷一つ負わなかったというところがすごいのである。

「不可能を可能にする」というのはヒーローの必須条件だから、彼が人気がある(BS2調べ「大河ドラマの主役にしたい武将」第二位) のもうなずける。


しかし実は私はこの人のことが長いことよくわからなかった。

普通武将には欠点や失敗の一つ二つあって、それを手がかりにその人のコンプレックスやこだわりを探ってなんとなく共感できる 「ツボ」を探せるものなのだが、 この人の場合にはいわゆる「隙」がない。
女性問題も特にないし、幼少期がそれほど不幸だったわけでもない。
なのにあの強さと危機における動じなさっぷりは何なのだろう。
本当にメカか何かなんじゃないか。

最近あれこれ忠勝について考えた末、彼は人一倍まじめで素直な人だったのではないだろうか、と思うようになった。
そして家康公のことが大好きだったのではないか。 (以前は「忠勝は武将としてのプロ意識ゆえに家康公に忠義を尽くしていた」 と思っていたんだが…)。
家康を守るためにあそこまで強くなった、と考えると純情まっしぐらで人間的この上ない忠勝像になる。
若い時から家康公の弱さも黒さも知りつつも、家康公のトータルな人間の大きさの部分を信じたんではないか。

気宇壮大だけど繊細で律儀で損してる兄貴を「ほっとけない」、出来のいい弟だったのではないだろうか、というのが私の今の忠勝解釈である。 おそらく忠勝ファンからの異論は山ほどあるだろうが、私には他にあの二人を説明する方法がない。

彼は「侍の定義」について意外にもこう語っている。
「たとえ手柄を立てなくても、首を取らなくても、主人の危機に際して逃げず、運命をともにする者こそが本当の侍である」
数々の戦場で人の弱さ(主君の弱さをも含む)を見てきた彼がたどり着いた人生哲学なのではないだろうか。

「本多忠勝紀行」
◆「本多忠勝トリビア」◆
「本多忠勝アネックス」

※↑のイラストは岡崎市「三河武士のやかた家康館」の公式グッズ「徳川四天王一筆箋」のデザインとして採用されたものです。


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