本多(作左衛門)重次
※ 名前をクリックすると↑wikiの人物解説が出ます。

「鬼作左」というあだ名が有名ですが、戦場よりも内政面で活躍した人。
しかし武将としても一向一揆、三方ヶ原の戦い、長篠、小牧長久手、小田原攻めなどで活躍、右目片足を失っていたと言われています。

この人は逸話が多いので有名なものだけ書くと…

◆家康が征服地で釜ゆで刑につかっていた釜を見つけた。珍しいので城まで持って来させたが、それを見た重次はそれをたたき壊してしまった。
作左は家康に「天下を望む人は人を釜で煮殺すような真似をしてはならないのです」と諫め、それを聞いた家康は彼に謝った。

◆上洛する家康の人質として秀吉の母大政所が岡崎に来た時のこと。
作左はその宿所の周りに薪を積み上げ家康に万が一の事があれば直ちに大政所を焼き殺す、とデモンストレーション。

◆その後、小田原攻めの際、秀吉から再三招かれたのについに参上せず、怒った秀吉は作左に切腹命令を出す。家康のおかげでかろうじて切腹を免れたが取手市に追放。

◆岡崎で奉行をやっていた時、法令を書いた高札が全部漢字で誰も読めなかったので全部ひらがな書きに変えさせた。

◆一方で領民が年貢軽減の嘆願をしたときは「毎年不作だと言うが、一度でも豊作だからとたくさん納めよと言ったことがあるか」と怒鳴りつける。

◆三方ヶ原の戦いで城に戻ったが絶望する家康に「数十日の食料が十分にある。」と言って激励した。



決して愛情のない「鬼」ではなく、むしろ常識は人一倍あるし、面倒見も良くて頭もよい人。
よくキャラがかぶりますが、大久保彦左衛門よりはずっと度量も深いと思います。

少々過激ですが(^^;)言いにくいことを言ってのける勇気のことを「鬼」と例えたのでしょう。

「一筆啓上火の用心お仙泣かすな馬肥やせ」の名文句でも知られています。



   次へ