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松平清康と松平信定

おじきよ


プレ家康世代の松平二人。
孔は宮城谷先生の「風は山河より」第一巻で初めてその存在を知りました。
天才で若くて美少年で朗らかで、誰からも愛された清康(家康の祖父)と、
将来を嘱望された寵児から一転、清康の影にならなくてはならなかった信定。

イエスとユダのような、モーツァルトとサリエリのような、オセロとイアーゴのような、
「嫉妬と憧れ」という人類の永遠のテーマを投影した甥と叔父。

ただ、信定がサリエリたちと違うのは、結局最後まで悪人になりきれなかったこと。
清康に反旗を翻すでもなく、その遺児広忠を殺すでもなく、
自分に謀反を起こす疑いのある大久保一族を殺すでもなく、
結局野心を遂げられなかった(あくまでも三河物語の記述に従えばですが)。

それを「結局は小心者だから」と断ずるのはあまりに哀しい。

孔はこの人の「普通の人間の哀しさ」に惹かれ、気がつけば尼崎まで訪れてしまいました。


ただ。

最近の研究によると両者の関係は「三河物語」の記述とは全く違うものだったようです。

安城松平宗家の実質的な当主は、実は叔父の松平信定であり、清康は 血統こそ前当主の嫡男であるものの、一族の中では『はみ出し者』で、岡崎の方に追い出されていたようです。
そして安城(以西)を信定が、 岡崎(以東)を清康が分担して統治していたのではないかとされています。

前の宗家の嫡男であるのに一族から認められず、東三河に対し 強硬な侵略政策を取る甥。それに対して織田家との融和政策を進めつつ、甥を一生懸命サポートしていた叔父の信定…。
両者の関係は実はそのようなものであったようです。

「三河物語」にあるような、モーツアルトとサリエリのような叔父と甥がよいか、最近の研究にあるような叔父甥がよいか… それはあなたのお好み次第♪であります。


「桜井松平・信定紀行」
「松平清康紀行」
「松平清康トリビア」
◆拙著「マンガで読む三河武士列伝その1」に松平信定・清康の伝記を収録◆


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