酒井正親
※ 名前をクリックすると↑wikiの人物解説が出ます。

家康のドラマで人質の竹千代が今川義元の前で立ち小便をする有名なシーンがありますが、そこで
「た、竹千代様!(>Д< ;)ノ」
とあわてている「じいや」がおります。それがこの人です(^^)(ちなみにこの時彼はまだ20代後半)

酒井忠次と同じ酒井姓ですが、忠次とは遠い親戚(←詳しくはこちら)になります。

清康、広忠、そして家康に仕えた重臣。家康の家臣の中で最初に主から城(西尾城)をもらったのがこの人でした。
(そうなんです。この後全国に城を与えられる徳川家臣たち、その最初のモデルケースがこの西尾城だったんですよー!)

戦での功績も数多い人ですが、やはり主君から公私ともに頼られたエピソードが目立つ人であります。

ある時、家康の祖父清康が龍海院(曹洞宗)の大檀那になると突然言いだしたことがありました。それを聞いた菩提寺の大樹寺は猛反対、引っ込みがつかなくなった清康はやむなく正親を龍海院の大檀那に命じたとされています。
…早い話、尻拭いをさせたわけで。

家康の父広忠も、妻の於大を離縁する時は彼女を一度正親の家に立ち寄らせ、見送るのも正親に命じています。

病の床に伏せった正親を家康は自ら西尾城まで出向いて見舞います。
そして自分の一番の重臣、平岩親吉を傍に付け、またその後も近侍の者をたびたび寄こしては病状を気遣いました。
一介の家臣である正親に対し最大の敬意を表したといえます。
早くに祖父も父も亡くした家康にとって彼の存在はそれほど大きかったのでしょう。



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